当たり前のこと...
長女のクラスで「人間として幸せに生きていくために当たり前のこと10ヶ条」という話が出たそうで、学級通信に書いてあった。授業での教材としては有名?なのか、ネットで調べたら「教材」として見つかったけれど。
- 明るいあいさつをする
- なにかしてもらったら「ありがとう」を言う
- 使ったものは必ずもとのところへもどす ちらかしたら、自分で後片づけをする
- 人のものに手をださない
- 人をぶたない
- 人のめいわくになることをしない
- 悪いことをしたら「ごめんなさい」と言う
- ルールを守り、ずるをしない
- 食事の前には手をあらい、ごはんはよくかんで食べる
- よく遊び、よく学び、よくねむる
どうでしょうかね。先生だって親だってできてないんじゃないの(もちろん、わたしも含めて)、とやや自嘲的に。
あまり口数の多くない長女なので、しょっちゅう学校の話を聞くわけでもないし、たわいもない話も多いのだけれど、昨日聞いた話は、ある女の子が別の女の子のプリントをびりびりに破って捨てた、というもの。誰が『犯人』なのか、で、クラスをまたいで話し合いがもたれ、特別教室であったので、それからは「疑われないために、ばらばらに移動せず、並んでみんな一緒に移動する」という結論になったみたいで、長女はそこにプンプン怒っていたんだけども。
結局、破った子は別のクラスだったので、長女のクラスの人たちはあらぬ疑いをかけられて、なおかつ、不毛な結論に至る話し合いをさせられてしまったわけで。まぁ、それもひとつの経験だよな、というのもありか。
その破った子も破られた子も同じマンションの子同士だったり、どちらのお母さんも知っている人だったりするので、聞いたわたしもいろいろ複雑な心境。単に嫌いだったんだろうとは思うけど、それにしてもそういう行為をしちゃって、それが周囲にも知られてしまって、大したことじゃないかもしれないけど、大したことじゃないだけに、感情的にもいやーな気持ちになった。子ども同士だって、さすがに5年生の女の子ともなれば、というのもあるだろうしな。
表面的に「ずるをしない」「人のものに手を出さない」とかいうのも大事だけど、そういうことがあったときこそ...だけど、そこの部分を学校に求めるのは高望みなんだろうとも思ったり。
人のことを嫌ったりする思いがあって、意地悪をすることもあるだろうけど、そういうネガティブな感情を一時の衝動でやっちゃったことの影響をよく考えたほうがいいということを長女に話したけど伝わったかな。破られた子も傷ついたとは思うけど、破った子も自分自身で(無意識のうちにも)傷ついているわけだし、ましてや、『犯人』として周囲に知れて失ったものってかなり大きいと思う...表面的には大したことなくっても、とね。
その女の子のお母さん、懇親会などでも話したことがあるけれど...うーん、どうだかな。パパが子どもを甘やかすって話をしていたことを思い出したから、ちょっと余計に気になっちゃった。大きなお世話ですが。